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2024年10月2日

Column 成定竜一の”バス事業者マネジメント論“  第5回 サブスク? それともダイナミック・プライシング?

筆者 成定 竜一 氏
高速バスマーケティング研究所代表。
1972年生まれ。早稲田大学商学部卒。ロイヤルホテル、楽天バスサービス取締役などを経て、2011年に高速バスマーケティング研究所設立。バス事業者や関連サービスへのアドバイザリー業務に注力する。国交省バス事業のあり方検討会委員など歴任。
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<限界費用が小さいサービスにおいて有効>

前回のコラムで、レベニュー・マネジメントの概念に戻づくダイナミック・プライシングについてご説明した。もう一つ、近年、価格に関する新しい概念として注目されているのが「サブスクリプション(サブスク)」だ。

例えば音楽配信サービスにおいて必要なとされる金は、配信システムの開発費とコンテンツ費用、つまり固定費が中心だ。配信先が1万人だろうが100万人だろうがコストはさほど変わらない。従来なら、レコードやCDを工場で作り、配送し、お店で販売するのに1枚当たりいくらかのコストがかかっていたが、配信サービスによる「1枚当たり」のコスト、つまり変動費がゼロに近づいた。

だから、サブスクが有効とされる。限界費用が小さく、1万人に配信しようが100万人に配信しようがコストが変わらないんだから、価格を低額とし、多数の利用者の獲得を目指すことになる。クレジット課金などにより、定期的に定額を請求することで契約の長期化を促す。

一方、ホテルでは、もともと、稼働率が上下してもコストは変わらない。100室のホテルにおいて本日の稼働室数が70室だろうが80室だろうが、コストの差はアメニティグッズの仕入れ費用やリネンの洗濯費用くらいで、売上の差に比べれば微々たるものだ。ホテル経営にかかるお金の多くは土地建物などの固定費だ。「100室のホテルを建てて、維持する」こと自体に自動的にお金が使われてしまっている。

ただし、予約制サービスだから、データを解析することで需要を精緻に予測できる。それなら、低需要の日は単価を下げて稼働率を上げ、高需要の日は高稼働を前提として単価を上げ、全ての日で収益最大化を目指すダイナミック・プライシングが有効とされる。

<対照的な値付け手法>

つまり、どちらも「固定費が大きく変動費が小さい、つまり限界費用が極めて小さいサービスにおいて有効」という点で共通している。ところが、サブスクとダイナミック・プライシングの値付けの手法は、実は対照的だ。

サブスクは「低額」で「定額」だ。「ひと月いくら」というざっくりした値付けで、その期間内なら何度でも何時間でも音楽を聴くことができる。それによって、多数の顧客に長期間の契約を促すものだ。一方のダイナミック・プライシングは「精緻な分析」と「価格の出し分け」だ。同じ部屋タイプ、同じ区間の移動であっても利用日や時間帯によって価格を細かく分けて、1室当たり、1席当たりの収益に徹底してこだわる。前者はざっくりで、後者は精緻という風に正反対を向く。

<「サブスク」か? ダイナミック・プライシングか?>

交通分野では、地域交通で古くから定着している通勤通学用の定期券が、前者に近い。後者は、そもそも航空業界で生まれた手法だ。

今後、地方部の地域交通では、サブスクの新しい活用法が考えられる。

地方部では、交通単体で収支を維持できない以上、公的資金をいかに確保するかが課題だ。地方の公共交通は乗車率が低いから、輸送人員が伸びても新たなコスト負担はない。もし市民の通勤手段が自家用車から公共交通に転換すれば渋滞解消になり、高齢者が外出すればフレイル予防(心身機能維持)につながる。住民の利用頻度が高まるほど外部(地域社会)に貢献するから、従来の厳格な運賃制度にこだわらずサブスクを積極導入し、地域への貢献の対価として公的資金投入を促す戦略だ。

逆に高速バスや幹線鉄道ではダイナミック・プライシングの導入が進む。乗務員不足により増便が困難な中、繁忙日、繁忙時間帯を値上げし収益を確保するとともに前後の時間帯へ需要を誘導できる。

ビッグデータやAIの普及はリアルタイムの需要予測を可能とし、タクシーなど非予約制交通においてもダイナミック・プライシング導入に寄与するだろう。

通勤ラッシュ時に需要が集中し混雑解消が課題となっている大都市部の鉄道や路線バスでは、本格的なダイナミック・プライシングは無理としても、朝夕を値上げ、他を値下げする「繁閑別運賃」を導入するだけで、需要を平準化し通勤ラッシュの解消に導くことができる。

サブスクとダイナミック・プライシングは。「固定価格(定価)を廃止することで社会的課題の解決に寄与する」という目的も、ビジネス界で注目される「キラキラワード」という点も共通だが、本質は真逆だ。自社の商材(路線、サービス)にはどちらが有効か。時々、この選択を誤って事業の致命傷になっている事例を見かけることがあるから注意が必要だ。

高速バスマーケティング研究所株式会社 代表 成定氏による経営層向けコラム 1回/月 毎月発行