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2024年5月20日

Column 成定竜一の”バス事業者マネジメント論“  第2回 公共交通と観光 “近くて遠い”その関係

筆者 成定 竜一 氏
高速バスマーケティング研究所代表。
1972年生まれ。早稲田大学商学部卒。ロイヤルホテル、楽天バスサービス取締役などを経て、2011年に高速バスマーケティング研究所設立。バス事業者や関連サービスへのアドバイザリー業務に注力する。国交省バス事業のあり方検討会委員など歴任。
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<近くて遠い「公共交通と観光」>

 観光産業、例えば旅館の経営者の方と名刺交換すると、筆者の社名に「高速バス」とあるのをご覧になって「ぜひ、ウチの宿にも路線を」と言われることが多い。その時、彼らが無意識に想像しているのは、団体客で満員のバスが宿に横付けされる映像なのだろう。だが、それは貸切バスの話であって、高速バスではない。

 古くは小田急・東急と西武が箱根の「縄張り」を争うなど、公共交通と観光の関係は深い。そもそも阪急の小林一三が作り上げた「日本型私鉄経営モデル」を構成する要素の一つが、宝塚の温泉や歌劇場などのデスティネーション開発でもある。

 ただ、今日の事業モデルとしては、公共交通と観光の相性は必ずしもいいとは言えない。

 例えば高速バス事業は、年間で約1億人の利用があり(コロナ前)、その数は実は航空の国内線に匹敵する。その割に世間での存在感が乏しいのは、その多くが「地方の人の都市への足」としての利用だからだ。

 有名店でのショッピング、コンサートなど大都市ならでは消費活動や業務出張のため地方在住者は大都市へよく往来する。インターチェンジ周辺でパーク&ライドを行えば所要時間が鉄道と同等の区間も多く、高速バスは地方部では定着した。逆に大都市からの観光利用は、草津温泉、富士五湖、湯布院や各地のアウトレットモールなど鉄道が不便な目的地を除けば、さほど多くない。

<公共交通=農耕民族。観光=狩猟民族>

 世間が持つ「バスと言えば観光」というイメージは、主に団体旅行や旅行会社の企画旅行で使われる貸切バスの話だ。

 両者のビジネスモデルは、実は対照的だ。

高速バスは、毎日、それも30分間隔など高頻度で運行する。また、許認可などの制約が大きく路線改廃は難しい。対して企画旅行(旅行会社のツアー)は、桜や紅葉、さらには大河ドラマの舞台、という風に季節や流行によってコースを変える。特定の日だけ設定される上、最少催行人員に満たなければツアーキャンセルし他の催行日に「寄せる」こともできる。

 前者は、繁閑の差はあれど地道に毎日走り続け、年間トータルで収益を得る安定志向の「農耕民族」だ。後者は需要を見極め、または喚起する「狩猟民族」だ。

だから高速バス事業者の立場では、季節や流行による需要波動の大きい観光客より、安定需要を見込める地元客向けにサービスを最適化する方が効率的なのだ。

 ただ両者とも環境は厳しい。前者の市場は、地方部の人口減少が進み縮小が見込まれる。後者は、国内・訪日市場ともに個人旅行シフトが進展し、従来型の団体旅行や企画旅行の需要はさらにシュリンクする。少子化進行による教育旅行市場縮小の影響も大きい。

<「発地型から着地型へ」転換は進むか>

 その旅行業界では「発地型ツアーから着地型ツアーへ」の転換が長らく叫ばれてきた。

 従来型の企画旅行は、発地(出発地)側の旅行会社が、地元の人を対象に遠方へのツアーを企画するものだ。企画担当者に必ずしも着地(目的地)に深い知識や愛情があるとは限らない。また発地と着地の両方でターゲットを絞り込むから「A地方在住で、B地方に旅行したい人」の数は限られる。結果として、ガイドブックに載っているような有名観光地を総花的に回るコースを造成するのが無難、となってしまう。少しでも集客しようと多数の観光地を駆け足で回ることになり、「引き回しの刑」とか「苦行」などと揶揄されてきた

 だが、着地側に根を張る地元の旅行会社が現地集合のツアー(着地型ツアー)を企画すれば、全国から、あるいは世界から集まった観光客を一手に対象とできるので、地元に詳しい企画者が、多数の個性的なツアーを同時に企画催行することができる。そこにはお手軽な定番コースもあろうが、地元の人しか知りえないスポットを訪れ、その地でないと味わえない深い体験をするコースも出てくるだろう、というのだ。

 自ずと「公共交通+着地型ツアー」への期待が高まっている。

もっとも、実現は容易ではない。従来の発地型ツアーは、シニア層ら日程の自由の利く顧客が中心だからこそ、設定や催行を特定の日に絞ることができた。だが着地型ツアーがFITや子連れ家族など幅広い層を対象とし自由に旅程を組めることを目指すなら、公共交通と同様に毎日または定期的に催行する必要がある。

つまり、「発地型から着地型へ」の掛け声は、定期的な催行と個性的な企画の両立、言い換えるなら農耕民族の「毎日、米を食える安定」と、狩猟民族の「不安定だが、うまくいけば肉を食える贅沢」の両立という、実は困難な挑戦なのだ。

それでも、手をこまねいているわけにはいかない。公共交通と観光という「近くて遠い」両者が手を携えて初めて、この国の観光の新しい形が実現するはずだ。

高速バスマーケティング研究所株式会社 代表 成定氏による経営層向けコラム 1回/月 毎月発行