Column 成定竜一の”バス事業者マネジメント論“ 第4回 進化するプライシング・ロジック
筆者 成定 竜一 氏
高速バスマーケティング研究所代表。
1972年生まれ。早稲田大学商学部卒。ロイヤルホテル、楽天バスサービス取締役などを経て、2011年に高速バスマーケティング研究所設立。バス事業者や関連サービスへのアドバイザリー業務に注力する。国交省バス事業のあり方検討会委員など歴任。
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<高速バスのダイナミック・プライシング>
自家用車普及や人口減少の影響を受け、日本の公共交通は曲がり角にある。その中で収益性改善のために注目されるのが運賃制度だ。
鉄道や路線バスは国から地域独占的に事業免許を与えられる分、強い規制を受けてきた。運賃制度は、電力などと同様、原価+適正利潤を元に国が認可する「総括原価方式」がベースだ。
一方、航空業界では世界的に変動運賃が導入され収益性を向上させてきた。国内でも、2000年以降、規制緩和により普及した。それを追うように高速バスにも普及しつつある。高速バスの制度改正には、筆者も深く関わった。
予約制の航空や高速バスは、米国発祥のレベニュー・マネジメントの手法を活用できる。まず、過年度の同月同曜日同時間帯の需要の量や構成比を参考に本年度の需要を予測し、日ごと便ごとに運賃など販売方針を決定する。次に、ブッキングカーブ(予約の伸び進み)をチェックし、事前予測と乖離があれば運賃を変動させる。
レベニュー・マネジメントの各手法の中で、運賃変動が最も効果が大きいこともあり、近年ではダイナミック・プライシング(動的な価格設定)とも呼ばれ始めた。
<非予約制の分野に広がるか?>
近年、精緻な降水予測や携帯電話の位置情報などビッグデータ解析の手法が登場した。これらを使えば、非予約制サービスでもリアルタイムの需要把握と価格変動が技術的には可能となる。「新宿地区では30分後にゲリラ豪雨があるから、同地区のタクシーは20分後に初乗りを100円値上げ」といった運用が考えられる。一部では、これもダイナミック・プライシングと呼ばれている
ただ、前者では事前予約の段階で比較検討できるのに対し、後者では購入、利用時に価格を知ることになる。タクシーならともかく、駅やバス停に着いて初めて価格を知るというのは鉄道、路線バスでは常識に反する。
一時「鉄道にダイナミック・プライシング導入」という報道が続いたが、非予約制の都市鉄道や路線バスではリアルタイム変動する本格的ダイナミック・プライシングはさすがに困難だろう。
また、現在の運賃制度は、認可額からの割引は容易だが上乗せはできない。
ただ、現行の「上限認可運賃制」から「基準額認可運賃制」に変更し、一定の範囲で「基準額より安い時間帯も、高い時間帯もある」運用を認めるよう改正すれば、「朝夕ラッシュ時は高く昼間は安い」程度の簡易な繁閑別運賃なら実現可能だ。
<「サブスク」か? ダイナミック・プライシングか?>
都市鉄道や路線バスで繁閑別運賃を導入する意義は大きい。事業者は朝夕の需要の山に合わせ車両、地上設備(車庫など)、要員を抱えるため昼間の低稼働が収益性を圧迫しており、需要が平準化すれば固定費を圧縮できる。運賃収入(売上)の総額は変わらずとも、収益性は改善する。
人口減少やリモート勤務定着による需要減が減便などサービス低下を招き、さらに利用者を逸走させる負の連鎖から脱却する原動力になる。
もっとも、鉄道や路線バスでは古くから定期券制度が定着している。「月単位の定額制で乗り放題」なのだから、今風に言えば「サブスク(サブスクリプション)」だ。
ダイナミック・プライシングとサブスクは、どちらも注目されている概念だが、実は対照的だ。前者は、日ごと便ごとに精緻に価格を出し分けることで収益最大化を図るが、後者は、「ひと月おいくら」と極めてざっくり。では交通分野でどちらが有効か、それは次回にご説明する。